ニュースの深層evolution:「なぜこんなに生きにくいのか」(1 of 5)

※話者:南直哉(みなみじきさい/禅僧)、宮崎哲弥、波多野健
※放送日:2008年12月10日※音声の全体を通して聴きたいときはこちらをご参照ください。

※[ ]内は、文意を明瞭にするために当ブログの管理人が補足した部分です。

宮崎:今日のお客様は番組に2回目の登場で、最近この『なぜこんなに生きにくいのか』という本を上梓された方です。お坊様とお考えくださって結構ですけれども……。
 まあこの生きにくい世の中……これから不況が深化していってますます生きづらくなりそうな、そういう世相ですけれども、そういう場合に、あえて「生きる意味」ということを問い直す、あるいは「生きる意味が有るのか……意味という概念自体が意味が有るのかどうか」とか、あるいは「宗教――なかんずく仏教――というものがどういうかたちでそういう『生きにくさ』ということに答えを出せるのか」、「その答えを求めること自体を問うべきなのか」という非常に深い話を今日はやってみたいと思います。
波多野:はい。ご紹介しましょう。禅僧の南直哉(みなみじきさい)さんです。南さんは福井県で住職を務められているほか、青森県恐山菩提寺の院代を務めていらっしゃいます。どうぞよろしくお願い致します。
:よろしくお願いします。
宮崎:よろしくお願いします。

(中略)

[ソニー等の大企業の人員削減策が紹介される]
宮崎トヨタそしてソニーといえば、日本を代表するエクセレント・カンパニー。トヨタは今のところは[人員削減は]期間従業員に限るということですけれども、これはいずれ正社員に波及する可能性もある。そしてソニーは正社員を含めて大幅なレイオフを行うということなんですけれども、これはリーマン・ショック以降の世界的な金融危機の影響を受けたという側面も当然ある。それが実体経済・実物経済についに影響を与え始めた。ただ、ちょっと脚が速すぎますよね。
 しかも日本の「いざなぎ超え」と言われた景気回復というのは実は十分な景気回復ではなくて、だんだんとこう疲労が溜まってきていたのではないか。そこでリーマン・ショックサブプライム・ショックの大波がやってきて、まあポキッと折れるようなかたちで、人員――自分たちの大切な社員――というものを削減せざるを得ないというような状況に追い込まれたのではないか。
 まあこれは財界のトップの方が「苦渋の選択だった」というふうな言葉も残していらっしゃいますけど、じゃあ果たして本当に苦渋と言えるのかどうかというのは……実は今回の不況は「二番底」なんですよ。「一番底」というのはまさに「いざなぎ景気」の前にあった長いデフレ不況。このデフレ不況のなかで、日本的雇用慣行――日本的な就業のスタイル。まあ要するに、終身雇用で「同じ釜の飯を食った仲間じゃないか。それは大切にしていこう。社員は宝だ」というようなことで[社員が]守られてきた――がだんだん崩れていったのが「前の不況」。崩れていったがために、だんだんとアメリカ型のドライな労使関係になってしまった。そこで、まあバッサリと正社員まで切ってしまうというような状況になってきているわけですよね。
 年も押し迫っていますし、ここで職を失うということになると……特にそれは期間労働者とか派遣労働者の方は深刻ですけれどね。大変ですよね。

(中略)

宮崎:ただし、この段階はまだ第一段で、これから先さらに業績が悪くなっていけば、第二段・第三段のレイオフということが発表されないとも限らない。これはべつにソニーに限った話ではない。こういう流れ――悪しきトレンド――というのは、これから全分野の企業に広がっていくということですね。
波多野:全企業ということを考えると、業界再編みたいなこともこの先に考えられてくるということですか?
宮崎:それはね、――もっと言うならば――人減らしをしたにも関わらず業績不振のために、あるいは資金繰りができなくて倒産するということは、上場企業にかなりの数で出てくるのではないか。上場企業ですらですよ。その陰には中小企業の倒産があるわけ。だから、倒産件数もこれからどんどん増えていくし、失業率もウナギ登りに上がっていく可能性がある。現状では3.4%程度ですけれども、この年末から来週にかけて4%になり、さらには春以降には5%になるのではないかという予測が出ています。たいへんな深い不況のトンネルに入った・入りつつあるということですが、南さんどうですか?
:僕は経済自体に明るいわけではないですから、経済自体に関して詳しいコメントはできない。
 私が非常に心配なのは、非正規雇用といわれる人がこんなに多かった時代はたぶんないわけで、報道を見ていると、突然に[雇用を]打ち切られてね、住居も無いままに投げ出されるという人がぜんぜん「普通」みたいでしょ? それともう一つ、――これは昔にもあったかもしれないけれども――今回みたいに、せっかく内定して四月から新しいスタートを切ろうと思っていた人が「いや、それ[=内定]は取り消しですよ」みたいなことを突然に通告されるわけでしょ? そして「それはないんじゃないか」っていうふうに……。それはもっともだと私は思うんですよ。
 ですからね、経済の不況については専門家の方がコメントするでしょうけれど、私の立場で言うと、――私が一番心配なのは――「人間が人間を信用する」っていうその「信頼」自体が不況化していくんじゃないかと思うんですよ。これはね、「人が人を信頼する」という感情自体が不況になるということはですね、社会とか共同体の存続基盤に関わる問題――経済的に苦しくなるということも確かに[その問題の一端]なんですけどね――だと思うんですよ。
宮崎:まさにその通りですね。
:それで、特に問題なのはですね、例えば「共同体」といったときに、それ[=共同体]は「好きな人間が集まって一緒にやろうよ」ということではないと思うんですよ。つまり、我々はどんな人間でも、存在自体が根本的に共同化されているものなんだと思うんですよ。そうするとね、他者の存在を前提にみんな自分の有り様を考えざるを得ないときに、その相互の信頼関係そのものを致命的に萎えさせてしまうようなことが繰り返されるっていうことは、会社が助かるとか助からないとか不況を克服するとかしないとかいう以前に――というか、それよりもさらに深い部分で――深刻な爪痕を残すような気が私はするんですよ。
宮崎:人間を壊していく可能性があるんですね。
:そう。

2 of 5へ続く)